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「動くな動くな。お前は、筑羅に隠れ住む真っ黒くろな黒鬼とは偽りで、本当は四条河原をうろつく乞食であろうが」 「これはこれは、お察しの通りでございますが、私ももとからの乞食でもございません。少しの心得違いによってこのようなみすぼらしい身なりになったのでございます」 翁が、 「体に障害があったり身寄りがなかったりした場合などは、仕方なく乞食にもなるのだろうが、お前は、五体満足で、どんな仕事でもやりこなせる体格で、非人の仲間に落ち込むとは、ああ、天から与えられた運命なのか、それとも時のめぐり合わせなのか」と尋ねると、 乞食は頭を左右に振って、 「天から与えられた運命でもありませんし、時のめぐり合わせでもありません。私自身が行ったことです。乞食にはなるまい、非人とは言われまいと(いうような)、人間らしい心があっては、乞食になることは出来ません」と答えた。 翁が、 「どうやっても乞食にも、並大抵のことではなれないと聞いている。深い奥義の秘伝でもあるのか、どうなのか」と(さらに)尋ねると、 乞食は、 「特別な奥義や秘伝はありません。ただ、友の選び方にあります。善い友と付き合っては、なかなか非人になることが出来るものではありません。悪い友を友として、酒の飲み方も習い、嘘の付き方も習い、夜遊びを好み、ちょいとした博奕も覚えることです。(また)第一に、親の言い付けを聞かないようにし、伯父や叔母のいさめの言葉を受け止めず、乞食にならなければならないように振る舞えば、最後には乞食となるものです。奉公人の場合も同じ方法で、最初は悪い友だちと付き合い、まず曾根崎遊郭で海鼠の味を覚え、人が見ている時は働き、人が見ていない時は怠けることを第一にして、(密会に使う)小宿では、買い食いすることを覚え、三味線もほんの少しだけ習えば、だんだん汚れの上に汚れが重なり、(悪事が)上達するに従って、主人や番頭の目をごまかすことを覚え、保証人に預けられても、恥を恥だと思わないので、改めようとする意志もなく、保証人の伯母まで無慈悲にだまし、最後には居場所さえも、何にもなしのすってんてん。これでも乞食にならないならば、(それこそ)天の運か時の運かと疑うべきでしょう」と思い上がった調子で答えた。 翁は、小童を呼んで、 「米でも銭でもやって追い返せ。誠に、水が四角形の器にも丸い器にも従うように、人が善人になるか悪人になるかは友によるものだ。彼も悪い友と付き合わなければ、乞食にまでなるはずはなかっただろう。たとえ気質が人並みでなくても、麻の中で真っ直ぐに伸びる蓬の姿を見よ。善い人と交際して、人の人としての正しい道を知ったならば、非人とは言われないだろう。決してよその人の話ではない。乞食は遠くにあるものではない。他人の行いの善悪を見て自分の行いを反省して改めよ。孔子先生は、『三人で行動する時は、必ず自分にとって師となる人がいる。その善き人を選んでそれを見習う。その善くない人についてはそれを見習わない』(とおっしゃっている)」と言ったのだった。 |
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第十五話 「拙者、@普請を致すに付き、御占ひ頼みたし。一昨年までは親共の代、その時も只今も人数替はりなけれども、A諸道具も漸々にふえ、何角に付けて狭くもあり、B勝手もあしく、建て直す積もりなり」 翁の曰く、「C鬼門ふさがりの事なる歟。是は世間なみに除けたがよい。夫れは兎もあれ、まづD『三年、父の道を改めざるを孝と言ふべし』とは、E子曰くに見えたり。是までF親の仕来たりし事の内にて、善き事はいふに及ばず、もし不勝手なる事有りとても、改めざるを孝といふ。殊に親の代から、夫れなりで済んだる家、G堪忍せば、堪忍ならぬ事はあるまい。譬へ五間三間広うなつても、欲には限りのないものにて、H幾間あつても、今一間足らぬ」 客の曰く、「此の思ひ付き、今更の事にあらず。親共は昔かた気の普請ぎらひ、夫れ故、言ひ出しは致さねども、I四、五年此のかたの心工み」 翁、顔をながめて曰く、「J然らば汝、我が代に成つたら、爰を斯うせん、彼所を斯くすべしと、K心の底に工面ありしか。夫れは近比、L親の死ぬるを待ちかねしといふ言分、其の気ならば、親の手馴れし諸道具も売り散らし、自分の好きに仕替へる気か。M然りとては冥加しらず。N扠又能い人は格別ぢや。我が朋友何某、先年病みし時、我訪うて曰く、『足下の病軽症なれども、再三の事なれば侮られず。Oもし御老母に先立たば嘆きをかけん、P不孝にあらずや。御老母を見送るまでは、大事の身なり』と養生の事くり返しいひし時、其の病人Q不予の色見ゆ。扠は我が多言なるを厭ふかと、R首尾あしく帰りぬ。其の後、日を経て問うて曰く、『足下いつぞや、不予の色ありしは如何なる故ぞ』彼の何某の曰く、『老母を見送るまでは、大事の身なりと仰せられしが、気に障りぬ。親に先立つは不孝なり。嘆きを掛くるは否なれども、親を見送る事は、いつまでも猶否なり。S逆さま事ともいへ、不孝ともいへ、老母を見送らんよりは、我が身を見送らるゝがましなり。此已後21かゝる御挨拶、必ず遠慮あれかし』と打ち込まれ、22赤面せし事ありき。汝とは23雲泥の違ひなり。汝も能い人に交はりて、人の人たる道を聞かれい。相応に暮らし、当分不自由に無い人は、学問せいでも、済んだ事のやうに思へども、己が好きな事か、嫌ひな事歟。災難に逢ふ歟、困窮するか、何んぞ事にあたつた時、学問の力無くては、24欲に迷ひて邪路に陥る。扠又其元は、道具好きと見え申す。諸道具も、25過ぎたるは猶及ばざるがごとし。26掛け物なども唯一幅なれば、盆も正月も祭にも、其の一幅にて不自由なる事なし。三幅か五幅持つと、はや不自由に成り、27ざつとした法事の掛け物が一幅ほしいの、28庚申待ちのがないの、29戎講のが足らぬのと、不自由だらけ。花生けなども同じ事、30膳椀重箱の類も其の通り。員重なれば却つて不自由な。是も修行して道を知れば、有つても不自由になく、無くても又不自由になし。扠此の間、或る人31手箪笥を求めしとて、予に見せて曰く、『是はある大家の32払ひものにて、いま新たに調へば、五十両も出づべきを、我等33下直にて求めしなり。34かりそめの手道具さへ、此の如くの35結構づくめ。36金具斗に十金も掛かりしよし。37是ほどに奢らずば、大身体は潰されまい。分散めされしも断りなり』と語りぬ。予が曰く、『人の過ちを見つゝ、其の又道具を求めらるゝ。其元は38分散の下稽古でもめさるゝか』と、例の悪口いうて笑ひぬ」 |
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「拙者は、家を建て直すことについて、御占いをお願いしたい。一昨年までは親たちの代で、その時と今も人数に変わりはないけれど、家具類もだんだん増えて、何かにつけて狭くもあり、使い勝手も悪く、建て直すつもりなのです」(と言った) 翁は、「東北の方角がふさがっているのか。これは世間並みに避けた方がよい。それはともあれ、まず、『三年の喪が明けるまで、父が定めた家のあり方はそのままにしておくことを孝という』という言葉が『子曰く(論語)』に見える。これまで親がしてきたことの中で、よいことは言うまでもなく、もしも都合の悪いことがあったとしても、それを変更しないことを孝行という。とくに親の代からそれなりで済んだ家は、我慢すれば、我慢できないことはないだろう。たとえ五間三間広くなっても、欲はきりがないものであって、何部屋あっても、もう一部屋足りない(と思うようになるものだ)」と答えた。 客は、 「この思い付きは、いま新しく考えついたことではありません。親たちは昔気質の増改築ぎらいだったので、言い出すことはしませんでしたが、(これは)四、五年前からの心づもり(でした)」と言った。 翁は、(客の)顔を眺めて、 「それではそなたは、自分の代になったならば、ここをこうしよう、あそこをああしようと、心の底に算段があったのだな。それはもってのほかで、親が死ぬのを待ちかねていたという言い分で、その気ならば、親の手慣れた諸道具も売り散らして、自分の好きなものに取り替える気か。これはまた神仏の加護を全く信じない人間だ。それにしてもまた善い人はそうではないぞよ。私の友だちの何某は、先年病気になったとき、私が見舞いに訪れて、『あなたの病は軽いけれど、再三のことなので侮ることはできない。もしも年老いたお母上に先立ったならば(お母上が)お嘆きなさるだろう。不孝ではないのか。お母上を見送るまでは、大事な身ですぞ』と養生のことを繰り返し言ったとき、その病人に不快な様子が見えた。さては私が多言であることを嫌ったのかと、ことの成り行きが悪く帰ることにした。その後、数日して、『あなたはいつぞや、不愉快な様子を見せたが、どういう理由だったのですか』と尋ねたところ、その何某が『老母を(あの世に)見送るまでは、大事の身であるとおっしゃったことが気に障ったのです。(確かに)親に先立つのは不孝です。嘆きをかけるのは嫌ですが、親を見送ることは、いつまでもさらに嫌なことです。たとえ順序が逆さまであれ、親不孝なことでもあれ、老母を見送るよりは、我が身が見送られる方がましです。これ以後、このようなご挨拶は、是非ともご遠慮いただきたい』とやりこめられて、(恥ずかしさに)赤面したことがあった。そなたとはそなたとは天の雲と地の泥ほどの大きな違いである。そなたも善い人と交際して、人の人たる道を聞きなされ。それなりに暮らし、さし当たって不自由のない人は、学問をしないでも済んでいるように思っているが、自分の好きなことか嫌いなことか。(また)災難に遭うか困窮するか(など)、何か問題にぶつかったとき、学問の力がなければ、欲に迷ってよこしまな道に陥ってしまう。さてまた、そなたは道具好きと見え申す。家具調度を集めるのも、やり過ぎることはやり足りないことよりも劣るのである。掛け軸なども一幅だけであれば、盆でも正月でも祭でも、その一幅だけで不自由なことはない。三幅か五幅持つとすぐに不自由になり、ちょっとした法事の掛け軸が一幅欲しいの、庚申会の際の掛け軸がないの、恵比須講の時の掛け軸が足りないの、不自由だらけになる。花生けなども同じことだし、膳や椀、重箱のたぐいなどもその通りである。物の数が増えれば却って不足を感じるのである。これも修行して人の道を知れば、物があっても不足はなく、物がなくても不足は感じない。ところでこの間、ある人が小型の箪笥を手に入れたといって、私に見せて、『これはある大家が不用になって売り払った品物で、いま新しく作れば五十両も出すべきところだが、私は安値で買い求めたのである。ちょっとした身の回りの調度でさえ、このようにすべて申し分ない物ばかり。金具だけに十両も掛かったということだ。これほどに贅沢しなければ、大身代は潰されないだろう。破産なさったのも当然のことである』と語った。(そこで)私は、『そなたは人の失敗を知りつつも、またその道具を買い求めた。そなたも同じ道を歩もうとしている。破産の稽古でもしているのか』と、いつものように悪口を言って笑ったのだ」
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