「賣卜先生糠俵・後編」紹介第5回
第八話・第九話(読み下し文、現代語訳)
恩田満
2009.09.15
今回は、「賣卜先生糠俵・後編」の第八話・第九話をお届けします。
第4回から、サーバー容量の関係等により、原文・挿絵の写真版は省略し、読み下し文と現代語訳のみの紹介とさせていただいています。

* 前回迄同様、詳しい注釈および解説については、筆者下記ホームページ内の 「日本の古典」 の項をご参照いただきたいと思います。
(読み下し文の数字を振っている語句について、注釈を付けています)。

    http://onda.frontierseminar.com/

* 本文および注釈・解説などを引用あるいは転載なさる場合は、必ず事前に筆者の了解を得て下さい。

   なお、底本は、「心学明誠舎」 舎員の飯塚修三氏の蔵書から複写したものを使用しています。

近世文書に馴染みのない方は、現代語訳だけをお読みいただいても、心学道話の面白さを味わっていただけます。下記をクリックしてください。(編集者)
   【 現代語訳 】 第八話→  第九話→


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第八話

 翁、(ゆめ)()めてあたりを見(まは)し、「今のものは(たれ)じや」

「@不佞(ふねい)数代(すだい)交易(かうえき)(げふ)として、A銅駝坊(どうだぼう)に住す。今(ゆゑ)有つてB(ぼく)(きよ)せんと(ほつ)す。先生のC卜筮(ぼくぜい)、D微妙(びめう)なる事かくれなく、E千里(せんり)(とほ)しとせずして(きた)る。F乾坤(けんこん)()(そん)吉凶(きつきよう)如何(いかん)。G御(かんが)(たま)はるべし」

(おきな)、目をすり/\(かほ)をながめ、H衣体(いたい)を見、嘆息(ためいき)ついで(いは)く、「I愚老(ぐらう)不学(ふがく)文盲(もんまう)にて、J(かく)言葉(ことば)()みがくだらぬ。世間(せけん)通用(つうよう)のK(まる)言葉(ことば)(おほ)せられい。卜居(ぼくきよ)とは宿替(やどが)への事()交易(かうえき)とは商売といふ事()。L商人(あきびと)()ききぬ()たるは、()相応(さうおう)なものに、M(むかし)(もの)()りがいふて()かれた。N(そこ)もとの()紋付(もんつき)言葉(ことば)づかひ、商人(あきびと)(くさ)(ところ)微塵(みぢん)もなく、O商人(あきびと)渡世(とせい)覚束無(おぼつかな)い。P(さだ)めて内証(ないしよう)不如意(ふによい)に成り、Q逼塞(ひつそく)変宅(やどがへ)ならん」

(かく)赤面(せきめん)して曰く、「R御賢察(ごけんさつ)(ちが)はず。四、五年(まへ)より不如意(ふによい)になり、其の不如意の()を見せじと、気を(くば)りS世間を張り、ないものも()(がほ)に、21内徒(うちと)(もの)(まで)()かすとて、(おも)ひの(ほか)なる(つひ)え多く、最早(もはや)ばかす(てだて)()き、22此の盆前(ぼんぜん)(はす)()は、(やぶ)れかぶれの穴這(あなばひ)り」

翁の曰く、「23(あと)へん/\。四、五年前にも24貧乏(びんぼふ)突出(つきだし)して、一家(いつけ)朋友(ほういう)にも相談(さうだん)かけ、格式(かくしき)もさげ人も(へら)し、(きぬ)()られずば、(つむぎ)、つむぎが()られずば()綿(めん)25(なり)(やう)にして渡世(とせい)せば、逼塞(ひつそく)せずに()むべきに」

(かく)(いは)く、「拙者(せつしや)とても是までに、26人の身上(しんしやう)仕舞(しま)ふを見ては、27()りとては不覚悟(ふかくご)なり。せめて四、五年以前にも、28(すゑ)のつまらぬ気がつかば、(いへ)屋舗(やしき)には(はな)れじと、29人の志賀(しが)からさき見えて、30()()(うへ)はかへり(みず)(うみ)31最少(もそつ)(まへ)から()をさげて、(かぢ)(とり)(やう)あるべきに、32(かい)(まは)らぬ(やう)に成り、今更(いまさら)後悔(こうくわい)

翁の曰く、「盛衰(せいすい)()のならひ、(めづ)しからぬ事なれども、貧乏(びんぼふ)()()さゞるゆゑ、歩行(あゆみ)(はや)い。貧乏(びんぼふ)()()すとは、(ぜに)(かね)ばかりの事ではない。万事(ばんじ)貧乏(びんぼふ)()()して、33()るをしるとし、しらざるをしらざるとし、34見ぬは見ぬ、()かぬはきかぬで()んだる事を、()()しみの(ともがら)は、なけれども()るとみせ、()らざれども()(がほ)して、世間(せけん)の人を(あざむ)けども、35人また相応(さうおう)()()ちして、36(そら)()のあるないは見て()り、37深々(ふかぶか)とは()ひはまらぬ。38さあれば(なん)(えき)なきのみ()一生(いつしやう)己が心を欺く、心苦しき事ならずや。39よしは(また)欺き(おほ)せ、満福(まんぷく)長者(ちやうじや)と見られ、博識(はくしき)多能(たのう)と見られたりとも、40何百歳が一生ぞや。

  41見る人も見らるゝ人も転寝(うたたね)(ゆめ)(まぼろし)浮世(うきよ)ならずや」

 

【第八話 現代語訳】

 翁が夢から覚めてあたりを見回し、「今やって来た者は誰じゃ」と言うと、

 客は、「私は才能もないのに代々品物の売買を職業として、荒れ果てた住まいに住んでいます。今わけがあって占いで新しい住まいを決めたいと思っています。売卜先生の占いが何とも言えないほど優れていることは、世間に広く知れわたっておりますので、私は千里の道を遠いとも思わずにやって来ました。乾・坤・兌・巽などの吉凶はいかがでしょうか。お考えをお示しいただきたいと思います」と言った。

 翁は目をこすりながら客の顔を眺め、身なりを確認しながらため息をついて、「この私は学問もなく字も読めない老人で、難しい漢語はわけがわからない。世間一般に使われている易しくわかりやすい言葉でおっしゃって下され。卜居とは宿替えのことか。交易とは商売ということか。商人でよい着物を着た者は、分不相応な者だと昔の物知りがおっしゃった。そなたの着物の着方や言葉遣いは、商人らしいところが全くなくて、商人としての世渡りは心もとない。きっと家の暮らし向きが苦しくなり、八方ふさがりでどうしようもない引っ越しであろう」と言った。

 客は赤面して、「お察しの通りです。四、五年前から暮らし向きが苦しくなり、その不如意の尻尾を見せまいと気を配り、世間に向かって見栄を張り、ないものをあるような顔をして、使用人までもたぶらかそうとしてきたが、予想以上の出費が多く、もはやごまかす手段が尽きて、このお盆の前の軽はずみな商いは破れ、破れかぶれになっての墓穴入り(をしたいほどです)」と答えた。

 すると翁は、「後の祭りじゃ、手遅れじゃ。四、五年前にも貧乏神を追い出して、一家の者や友人たちに相談をして、家の格式を下げ人も減らし、絹物が着られなければ紬、紬の着物が着られなければ木綿というように、しかるべき方法で暮らしていたならば、夜逃げ同然の引っ越しなどしないで済むはずだったのに」と言った。

 客は、「私とてもこれまでに、人が財産をなくすのを見ては、まったくもって油断からきた失敗だ。せめて四、五年以上前から将来も金に詰まらないようにと気付いていたなら、家屋敷を手放さないですんだろうにと、志賀の唐崎という地名のことではないが、他人の疵瑕(あやまち)から先(将来)が見えていても、わが身のことはかえりみず、琵琶湖の水にした(無駄にした)。もう少し前から商売の勢いを下げていたなら、よい物事の運び方もできただろうに。金が回らないようになって、今さらながら後悔しています」と答えた。

最後に翁は、「栄えたり衰えたりするのは世の常で珍しいことではないが、貧乏神を追い出さなかったから衰えるのが早いのだ。貧乏神を追い出すとは銭金のことばかりではない。全てにおいて貧乏神を追い出して、知っていることを知っているとし、知らないことを知らないとして、見ていないことは見ていない、聞いていないことは聞いていないと言えば済んだことを負け惜しみの連中は、ないのにあると見せ知らないのに知った顔をして世間の人を欺いても、他人はまたそれ相応に値踏みし、かけ値があるかないかはすばやく察知して、深々とはめられて高く買ったりはしない。だから、何の益もないばかりでなく、一生自分の心を欺くことになり、心苦しいことではないか。たとえまた、だまし通して大福長者と見られ博識多能な人間と見られたとしても、一生で何百歳まで生きられるのだ。

 夢を見る人も夢の中で見られる人もうたた寝の夢の中にいる。この浮世は夢まぼろしのようなはかないものではないのか」と言ったのだった。

 

 
(第九話・現代語訳へ→)

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第九話

 拙者(せつしや)所用(しよよう)有りて旅立(たびだ)ちいたす。明日(みやうにち)の@()のよしあし、()(かんが)へ給はるべし」

翁の曰く、「晴天(せいてん)ならば()し、雨天(うてん)ならば()しし、A曇天(どんてん)半吉(はんきち)。もし急用(きふよう)ならば、雨天(うてん)にても()つべし。(ふね)(あや)ふきものものなれども、B日和(ひより)のよしあしを見て、(こよみ)を見ず。此所(ここ)にて(かんが)ふべし」

(かく)の曰く、「拙者(せつしや)(おほ)せのごとくにてC心すめども、両親(りやうしん)ともにDごまのごにて、Eかり()めの事にも(あん)じられ、()(ゆゑ)御尋(おたず)ね申すなり。(こと)拙者(せつしや)は、F(つち)に生まれし子なりとて、(おや)(たち)気遣(きづか)ひして、Gさま/゛\の(まじな)ひ事。(つち)に生まれし子は、かならず短命(たんめい)なりといふ。Hかかる事もある事にや」

翁の曰く、「(われ)(これ)までに(つち)()まれしといふ人の、五十()えたを五、六人も見たり。七十ぢかき人にも()ひぬ。又槌でない日に生まれし人の、短命(たんめい)なりしもあまた()()たる。I(これ)()つて翁は(しん)ぜず。もし又槌に()まるゝ()(かなら)短命(たんめい)なりといはゞ、短命(たんめい)なる子は、かならず(つち)に生まるゝならん。J(しか)らば()ちて生まるゝ短命なり。もつて生まるゝ短命を、K(まじな)(くらゐ)で、長命は覚束(おぼつか)ない/\」

(かく)の曰く、「L我等(われら)もさは(ぞん)ずれども、(おや)たちが気遣(きづか)はれ、M方々(はうばう)(ぐわん)を立て、N八日と十二日は薬師(やくし)()、O必ず(たこ)(とら)とを()ふな、P(えびす)の日は(たひ)はならぬ、Q毘沙門(びしやもん)の日に百足(むかで)(わす)るな。R(なん)の日はどこの朝詣(あさまゐり)幾日(いくか)()()御百度(おひやくど)、S香水(かうずい)でも(まじな)ひでも()()次第(しだい)21ごまのごのあへまぜなれば、近所(きんじよ)(しゆう)(わら)ひ、朋友(ほういう)(うち)には(しか)るもあれど、しからば(しか)れ、(わら)はゞわらへ。両親(りやうしん)(おほ)せにまかせ明日の旅立(たびだ)ちも、22有様(ありやう)願詣(ぐわんまうで)

(おきな)23(ひざ)(なほ)して曰く、「24父母(ふぼ)(いま)(とき)()(こころざし)()る、父母(ふぼ)(ぼつ)する(とき)()(おこな)ひを()る。25(おや)ある人の(おこな)ひは、(おこな)ひばかり見て、評判(ひやうばん)はならぬ、26()(こころざし)を見て其の(かう)()るといふ。()(もと)(こころざし)、翁大いに()()り申す。(さて)(たび)()ちてよき(まも)りあり。餞別(せんべつ)進上(しんじやう)いたす。27(かう)といふ()懐中(くわいちゆう)めされ、此の一字(いちじ)をわすれざれば、28(いづ)()いか成る(ところ)()きても、怪我(けが)(あやま)ちはあるまじきぞ」

 

【第九話 現代語訳】

 翁のもとに訪れた客が「私は所用があって旅立ちを致します。明日の日柄のよしあしについて、お考えをお知らせ下さい」と尋ねたところ、

 翁は、「天気が晴れならば吉、雨ならば凶で、曇りの場合は半吉だ。もしも急用なら雨天でも出発すべきだ。船は危ないものであるが、天候のよしあしを見て、暦の吉凶を参考にしないのがよい。この点で考えなさい」と答えた。

 客は、「私も翁のおっしゃる通りで心の迷いがなくすっきりしますが、両親ともに縁起を担ぐ人間で、ちょっとしたことにも心配なさるので、だからこそお尋ね申し上げるのです。とくに私は、槌にあたる時期に生まれた子であると言って、親たちは気をつかってさまざまな呪いごとをします、槌の時期に生まれた子は、必ず短命だというのです。こういうこともあるのでしょうか」と尋ねた。

 翁は、「私はこれまでに槌の時期に生まれたという人で、五十歳を越えた人を五、六人も見てきた。七十歳近い人にも会った。また、槌でない日に生まれた人で短命な人もたくさん見てきた。このことからして、そういう話を私は信じないのだ。もし、槌に生まれる子が必ず短命であるというならば、短命な子は必ず槌に生まれるであろう。そうであるなら、それはもって生まれた短命である。もって生まれた短命をまじないぐらいで長命にすることなどできるはずがない」と答えた。

 客は、「私もそのように存じておりますが、親たちが心配なさって方々の寺社に願を立て、八日と十二日は薬師の日だから絶対に鮹と虎を食べてはいけない。恵比寿の日に鯛を食べてはならないし、毘沙門の日にお賽銭を忘れてはならない。いつの日はどこどこの朝参り、また、いついつの日はある所でのお百度参り、聖なる香水でも呪いでも、効き目があるといううわさを聞き付けると、すぐに縁起担ぎの混ぜ合わせなので、近所の人たちも笑い、友だちの中には叱る人もあるが、叱るならば叱れ笑うならば笑えと思っています。両親の仰せに従って明日の旅立ちも、理由は神仏にお参りして願を掛けることです」と言った。

 翁は居ずまいを正して、「両親が在世ならば、その目指すところを見なさい。両親が亡くなったならば、その行いを見なさい。親がいる人のあり方としては、親の言動を見てその是非を論じてはならないのだ。そなたの志に私は大いに恥じ入り申す。さて、旅へ持って行くのによいお守りがある。それを餞別として差し上げ申す。この孝という字を肌身離さず持ちなされ。この一字を忘れなければ、どの国のどんなところに行っても、怪我や失敗はないだろうよ」と言った。

 


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