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「次に控えている者は蟹と見た。真っ直ぐな道を横に歩くのは、一つのしっかりした考えがあってのことか」
蟹は這い出して、「私は心が真っ直ぐでないことを恥じるが、形が横向きであることを恥じることはない。心が真っ直ぐであるならば、姿かたちはどうあろうともよい。孝行は猿ヶ島の話に残り、忠義は武文蟹の背中に残している。忠と孝の両方とも完璧である。どうして姿かたちの醜いことを恥じる必要があろうか。弓の形は曲がっているが、弓の心、すなわち、忠孝の心がまっすぐであるのと同じようなものだ」と言った。
翁はそれに答えて、「そなたも蛙と同じことで、目の付け所が違っている。弓が斜めであるのは、すなわち、弓が真っ直ぐになろうとしているからだ。尺取り虫が体を縮めているのは、次に体を伸ばして前進しようとするためだ。謝霊雲の曲がっている笠は、そなたのようなわがままな気持ちからではない。自分の影が曲がっているのを見て、心を真っ直ぐにしようとするためだ。瓜畑の中で靴のはき直しをしないことや、李(すもも)の木の下で冠を直すことをしないなどということは、みな自分の行為や態度を戒めるためだからだ」と言った。
蟹は横に出て、「私は宝物(真っ直ぐな心)をぼろきれで包んでいる。翁は土の塊(価値のないもの)を美しい布に包むのか」と言った。
翁は、「宝物を美しい布に包むというのはどうだろうか」と答えた。
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第三話
「@田螺どの/\、Aいまだ道を聞かざる歟。B死を恐るゝ事、人よりも甚だし。人の足音、鳥の羽音、そよと吹く風の音にも、C門戸をさす事周章。是D死を恐れ生を貪るにあらざるや。死を恐れ生を貪り、門をかため戸を閉ぢても、E人其の門戸共に取りて、F釜中に煮る。要心堅固なんの益ぞ」
田螺の曰く、「益をもとむるにてもなく、損せじとにもあらず。唯我が用心ふかきは、G人々の目の要心深きがごときなり。H明を貪り、暗を恐るゝにはあらざれども、I灰が立つてもちやつと閉さぎ、炭がはしつても、ちやつと瞼を合はす事、J間に髪と入るべからず。又寝入りたる小児の、物おとにびく/\するも、死を恐るゝといはん歟、生を貪るといはんか。K是私の入らざる所、L釜中に煮らるゝは天なり。M天を知る者は命をしる。本よりN生を好んで生まるゝにもあらず、死を悪んで死なざるにもあらず。故に O富貴も欲せず、貧賤も欲せず、P短も欲せず、長も欲せず、Q方なるも欲せず、円なるも欲せず」
翁、声かけ、「これ/\R一対いふても済む事じや。Sいひならべし欲せず尽くし、21汝に於いては可なれ共、22いまだ道とすべきの道を離れず。23唯欲せざるをも欲せざれ」
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(翁は)「田螺殿、田螺殿、そなたはまだ真の道を聞いていないのか。死を恐れることが人間よりも甚だしいではないか。人間の足音、鳥の羽音、そよそよと吹く風の音を聞いても、蓋を閉ざすさまがあわただしい。それは、死ぬことを恐れて生きることに執着しているのではないか。そなたが死を恐れて生を貪るために、門を固め戸を閉じていても、人間が殻ごと全部を取り上げて、釜の中で煮てしまうのだ。どんなに固く用心していても何の益もないのだ」(と言った)
田螺は、「私は益を求めるものでもなく、損をするまいというものでもない。ただ私が用心深いのは、人間の目が用心深いのと同じようなものだ。明るさをむさぼり暗さを恐れるのわけではないが、灰が立ってもさっと目を閉じ、墨がはぜてもさっと目蓋をとじることは、ほんの一瞬の動きである。また、眠っている幼児が物音にびくびくするのも、死を恐れているというのだろうか、生を貪っているというのだろうか。(そうではなく)この動作に自分の意志や欲望は入っていないのだ。釜で煮られて死ぬのは天の意志である。天の意志を知る者は、自分の宿命を知っているのだ。私はもともと生を好んで生まれたのでもないし、死を憎んで死なないのでもない。それ故に、財産も高い地位も望まないし、貧困も低い地位も望まない。短も長も欲しないし、四角も円も欲しないのである」と答えた。
翁は、「これこれ、一組言えば済むことじゃ。言い並べた『欲せず尽くし』は、そなたの場合はよいかも知れぬが、それではまだ、道とすべき道から離れていない。何も欲しないという(ことも意志の現れなので)その「欲せず」という意志をも捨て去って(無の境地に入れ)」と声を掛けて諭した。
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