次(つぎ)は誰(たれ)じゃ (第二十二話)

弟(おとおと)の義(ぎ)に付(つい)て御占頼(おうらなひたのみ)たし。翁(おきな)の曰(いはく)。御舎弟(ごしゃてい)が

何(なん)とめされた。拙者(せっしゃ)弟(おとおと)別家(べっけ)いたして七年餘(しちねんあまり)

是迄(これまで)度々(たびたび)世話(せわ)いたし遣(つかは)せども。兎角(とかく)渡世(とせい)に

不精(ふせい)にて此(この)際(きは)もまた不詰(ふづま)り。其(その)上(うへ)拙者(せっしゃ)が異見(いけん)を

不用(もちゐず)。兄(あに)を兄(あに)とも思(おも)はぬ不所存(ふしょぞん)。義絶(ぎぜつ)いたす心(こゝろ)にて

と皆(みな)まで聞(き)かずこれ兄貴(あにき)。君臣(くんしん)。夫婦(ふうふ)。朋友(ほうゆう)の間(あいだ)に

こそ。義絶(ぎぜつ)といふ事(こと)もあれ。親子(おやこ)兄弟(きやうだい)の中(なか)に義絶(ぎぜつ)

といふは何事(なにごと)じゃと。去(さ)る學(がく)者(しゃ)が呵(しか)られた。指(ゆび)が

きたなきとて切(きっ)て捨(すて)る歟(か)。まづ其元(そのもと)の心底(しんてい)に。弟(おとおと)を

我(わが)弟(おとおと)と思(おも)ふ故(ゆゑ)。兄(あに)を兄(あに)と思(おも)はぬなどゝ痩(やせ)肘(ひぢ)を張(はり)りたがる

弟(おとおと)は何(なん)じゃ。親(おや)の不便(ふびん)に思(おぼし)召(め)す子(こ)で無歟(ないか)。跡(あと)から出生(しゅっしやう)

したる歟(か)。先(さき)へ生(うま)れたる歟(か)。跡先(あとさき)の違(ちが)ひはあれど皆(みな)

親(おや)の子(こ)にちがいは無(な)い。我(われ)も親(おや)の子也(こなり)。弟(おとおと)も親(おや)の子也(こなり)と

親(おや)の所(ところ)へ氣(き)を付(つけ)て。親(おや)の心(こゝろ)で世話(せわ)をせば。世話(せわ)も世話(せわ)

に成(なる)まじきぞ。扨(さて)又(また)世話(せわ)にも仕様(しやう)あらん。横町(よこてう)の何(なんに)兵衛(びやうゑ)が

三百目(さんびゃくめ)のかねに詰(つま)りて首(くび)釣(つり)て死(しん)だと聞(き)けば。知(し)る

も知(し)らぬも殘(ざん)念(ねん)がり。三百目(さんびゃくめ)位(ぐらゐ)の事(こと)ならば己(おれ)に云(い)ひ

て。己(おれ)が聞(きい)たら死(し)なせはせまいにと。云(い)ひもし。思(おも)ひも

すれど。びちく生(いき)て居(ゐ)る内(うち)に。三百目(さんびゃくめ)なければ

今(こん)夜中(やぢう)に首縊(くびくゝっ)て死(しに)ますと。血(ち)の涙(なみだ)でいふたり

とも。耻(はぢ)しめたり異見(いけん)はせうづれ。銀子(かね)貸(か)す人(ひと)は

稀(まれ)ならん。其元(そこもと)も御舎弟(ごしゃてい)の世話被召(せわめさるゝ)ならば。必(かならず)

跡(あと)へんにならぬ様(やう)に。心(こゝろ)を付(つけ)て世話(せわ)めされ。度々(たびたび)

世話(せわ)をいたしたと言(い)はるゝからは世話(せわ)の仕(し)やうが

吝(しはい)と見(み)えた。これく。御腹(おはら)立(たて)られな。世(よ)の中(なか)は

人(ひと)の世話(せわ)をするか。人(ひと)の世話(せわ)に成歟(なるか)。二(ふた)ッにひとつの

ものじゃ。其元(そこもと)が不如意(ふにょい)なら。舎弟(しゃてい)の方(かた)から世話(せわ)を

する。同(おな)じ事(こと)なら人(ひと)の世話(せわ)をするかたが增(まし)なれ

共(ども)。皆(みな)左様(さやう)には思(おも)はぬものじゃ。舊蠟(きうろう)も去(さ)る家(いへ)の主(あるじ)

ながくの病(やまひ)に困窮(こんきう)し。朝夕(あさゆふ)の煙(けふり)絶間(たえま)がちなるを

見(み)るに堪(たへ)ず。米(べい)銭(せん)少(しやう)々(しやう)贈(おく)れる人(ひと)あり。其病家(そのびやうか)の悦(よろこ)ぶ躰(てい)

宛(あたか)も死人(しにん)の蘇(よみがへり)し如(ごと)く。親子(おやこ)四人(よにん)が命(いのち)をつなぐ。是(これ)ぞ

天(てん)の賜也(たまものなり)と。ありがた涙(なみだ)を流(なが)しての悦(よろこ)び。誠(まこと)の天(てん)の

賜也(たまものなり)悦(よろこ)ぶ躰(てい)左(さ)も有(ある)べし。又(また)其(その)施(ほどこ)す人(ひと)は。天(てん)の賜(たまもの)にて

常(つね)に安樂(あんらく)に暮(くら)し。其(その)賜(たまもの)の餘(あまり)を以(もっ)て困窮(こんきう)なる人(ひと)に

施(ほどこ)す。此(この)悦(よろこび)は如何(いかゞ)ぞや。纔(わづか)十日歟(とをかゝ)。廿日歟(はつかゝ)の。命(いのち)をつなぐ米(べい)銭(せん)を貰(もら)ひ。涙(なみだ)を流(なが)して有難(ありがた)がり。悦(よろこ)ぶ人(ひと)にくらべ

ては。百倍(ひゃくばい)千倍(せんばい)悦(よろこ)べき筈(はづ)なれど。此所(このところ)を知(し)らばるは

彼所(かのところ)を知(し)らざる故(ゆゑ)なり。知(し)り給(たま)へ知(し)り給(たま)へ

其(その)次(つぎ)は誰(たれ)じゃ　（第二十三話）

夜前(やぜん)朋友(ほうゆう)と諍事(あらそふこと)あり。化物(ばけもの)は有(あ)る物(もの)か。無(な)い物(もの)か

御考給(おんかんがへたま)はるべし。翁曰(おきなのいはく)聖人(せいじん)は不語怪力亂(くわいりょくらんしんの)神(かたらず)。小人(しやうじん)は

怪力亂(くわいりょく)神(らんしん)を聞(きゝ)きたがる。さらば化(ばけ)もの咄(はな)しを初(はじ)めん

往昔(むかし)往昔(むかし)。長押(なげし)に掛(かけ)た弓(ゆみ)が蛇(へび)と化(ばけ)て。客(きゃく)を惱(なやま)せし事(こと)

もあり。腐(くさっ)た茄子(なすび)が蟇(ひき)に化(ば)て。人(ひと)にとり付(つき)し咄(はなし)も

あり。又爰(またこゝ)に。或(ある)豪家(ごうか)何某(なにがし)の妻女(さいじょ)。病(やまひ)に臥事(ふすこと)半年(はんねん)

餘(あま)り。労瘵(ろうさい)といふ病(やまひ)にや。諸醫手(しょいて)を盡(つく)せども驗(しるし)なく。

元氣(もとき)次第(しだい)に衰(おとろ)ふ。看(かん)病人(びょうにん)多(おほ)き中(なか)に。政(まさ)といふこし

もとあり。晝(ちう)夜病婦(やびやうふ)の側(そば)を不去(さらず)。介抱(かいほふ)また類(たぐ)ひなし。

飮食(いんしょく)起臥(きぐわ)二便(にべん)の扶(たす)け。政(まさ)なくしては不調(とゝのはず)。病婦(びやうふ)將死(まさにしなん)

とき。其夫(そのおっと)に向(むかひ)て曰(いはく)。我永々(われながなが)の病床(びやうしやう)。子(こ)とても及(およ)ぶ

まじき政(まさ)が介抱(かいほう)願(ねがは)くは妾(せう)が形見(かたみ)と思召(おぼしめ)され。不便(ふびん)を

加(くわ)へ給(たま)はれかしと云遺(いひおき)て命終(めいをはり)ぬ。斯(かく)ありて三(みっ)ヶ

日目(かめ)より。婢(こしもと)政病(まさやまひ)に臥(ふす)。其症(そのせう)先(さ)きの病婦(びやうふ)に粗(ほゞ)

似(に)たり。醫師(いし)は勿論(もちろん)諸寺(しょじ)諸山(しょざん)の祈願(きぐあん)。殘(のこ)るかたなし

といへども定業(じやうごう)にや。今(いま)は頼(たのみ)すくなく見(み)ゆ。政(まさ)が父方(てゝかた)

の伯父(をぢ)あり。訪(とふらひ)て曰(いはく)。汝(なんぢ)の養生(やうじやう)身(み)に餘(あま)れり。難治(ぢしがたき)は

天命也(てんめいなり)。有(あり)がたく臨終(りんじう)せよ。若(も)し望(のぞみ)あらば云置(いひおく)べし。

政(まさ)が曰(いはく)。仰如(おほせのごとく)有(あり)がたき御介抱(ごかいほう)何(なん)の不足(ふそく)有(あり)てか望(のぞみ)あらん。

去(さり)ながら。只(たゞ)ひとつ迷(まよ)ひの解(とけ)ざる事(こと)のあり。主(しゅ)人身(じんみ)

まかり給(たま)ひて後(のち)。三ヶ日目(みっかめ)の夜(よ)裏(うら)へ出(いで)しに。先(さき)だち給(たま)ふ

御主人千(ごしゅじんせん)裁(ざい)に立給(たちたま)ひ。物憂(ものう)げに我(われ)を招(まね)く是(これ)を

見(み)るより身(みの)毛(け)立(たち)。震(ふるひ)付(つき)しが病(やまひ)の本(もと)。明(あ)けの夜(よる)また

裏(うら)へ出(いづ)れば。又(また)前(まへ)の夜(よ)の如(ごと)く我(われ)を招(まね)く。其後(そのゝち)は夢(ゆめ)とも

覺(おぼ)えず。現(うつゝ)ともなく。唯(たゞ)幻(まぼろし)に見(み)え給(たま)ふ。其恐(そのおそ)ろし堪(たへ)

がたし。かく惱(なやま)せ給(たま)ふのは何(なん)の恨(うらみ)有(ある)やらん。是(これ)にみ心(こゝろ)に

かゝるなり。伯父(をぢ)問(とふ)て曰(いはく)。其(その)幽霊(ゆうれい)ものは何(なに)とも云(い)はざり

しか。政(まさ)が曰(いはく)。唯我(たゞわれ)をまねくにみ。又(また)問(とふ)。衣服(いふく)は何(なに)を

着給(きたま)ひしぞ。曰病中(いはくびやうちう)の寝(ね)まきの儘(まゝ)。籬(まがき)に菊(きく)の

お小袖(こそで)なり。伯父(をぢ)の曰(いはく)汝(なんじ)の病(やまひ)本腹(ぼんぷく)せん。我(わが)をしへに

随(したが)ふべし。今宵(こよひ)亦(また)裏(うら)へ出よ。猶(なほ)前(さき)のごとく幽霊在(ゆうれいあら)

ば。身(み)を捨(す)て側(そば)へ寄(よ)り。何(なん)の恨(うらみ)にかく惱(なやま)せ給(たま)ふぞ。

と問(と)へ。若(も)し不答(こたへずば)我(われ)を呼(よ)べ。共(とも)に行(ゆき)て實(じっ)否(ふ)を

正(たゞ)さん。政教(まさをしへ)にしたがひ。病苦(びやうく)を忍(しの)び裏(うら)へ出(いで)。千裁(せんざい)

を見(み)れば例(れい)のごとく髪(かみ)うつさばき。籬(まがき)に菊(きく)の小袖(こそで)着(き)て。

恨(うら)めしげに立給(たちたま)ふ。絶入(たえいる)ばかりの畏(こは)さを忍(しの)び。思(おも)ひ切(きっ)て

歩行(あゆみ)寄(よ)り。よくく見(み)れば幽霊(ゆうれい)ならず。此(この)頃植(ごろうゑ)し

山茶花也(つばきなり)。髪(かみ)と見(み)えしは後(うしろ)の柳(やなぎ)。招(まねく)と見(み)えしは

爰(こゝ)の枝(えだ)。小袖(こそで)の模様(もやう)は此(この)枯枝(かれえ)。扨(さて)は心(こゝろ)の迷(まよ)ひなりと。

迷(まよ)ひ晴(は)れば心(こゝろ)も晴(は)れ。忽(たちま)ち病(やまひ)平癒(へいゆ)して。今(いま)に

存命(ぞんめい)なるよし聞(きく)。是(これ)しきの化物(ばけもの)さへ。正躰(しやうたい)を見届(みと　ゞけ)

ざれば。病不癒(やまひいえず)。扨亦爰(さてまたこゝ)に筆(ふで)の先(さ)きで化(ばか)し口(くち)の

さきで化(ばか)す化物(ばけもの)あり。我等(われら)も化物(ばけもの)仲間(なかま)なり。或(あるひ)は

君子(くんし)に化(ばけ)て居(ゐ)る小人(しやうじん)もあり。衣(ころも)着(き)て居(ゐ)る鬼(おに)も

あり。長者(ちやうじゃ)に化(ばけ)て居(ゐ)る。すかん貧(ぴん)もあり。此類(このるゐ)又(また)

世(よ)に數(あま)多(た)なれども。正躰(しやうたい)見(み)え透恐(すきおそ)るゝに足(た)らず。扨(さて)

又(また)一種(いっしゅ)。正躰(しやうたい)の見(み)えざる恐(おそ)ろしき化物(ばけもの)あり。春(はる)は

山(やま)くに花(はな)を咲(さか)して見(み)せたり。冬(ふゆ)は水(みず)を氷(こほり)に

して見(み)せたり。菜(な)虫(むし)は蝶(ちやう)に化(ばけ)て花(ばな)に戯(たはふ)れ。卵(たまご)は

鶏(にはとり)と化(ばか)て時(とき)を告(つぐ)る。振袖(ふりそで)着(き)た可愛(かあい)らしき

小娘(こむすめ)が。いつの間(ま)のやら。腰(こし)の屈(かゞ)んだ婆(ばゞ)に化(ばけ)。

奇麗(きれい)な若衆(わかしゅ)が。夢(ゆめ)の間(ま)に白髪(しらが)の生(はえ)た親父(おやぢ)に化(ばけ)。

今朝迄物(けさまでもの)いふた化物(ばけもの)が。忽(たちま)ち無(な)くなって仕舞(しまふ)たり。

きのふまでなかった物(もの)が。何所(どこ)からやらぬっと出(で)て 

聲(こゑ)を上(あ)げたり。無量無邊(むりやうむへん)の化物(ばけもの)だらけ。此(この)化物(ばけもの)の

正躰(しやうたい)見届(みとゞけ)ざれば。見(み)る物(もの)。聞(きく)ものに化(ば)かされて。迷(まよ)ひを

重(かさ)ぬ。さあればとて此正躰(このしやうたい)。容易(やうい)に見(み)らるべき

物(もの)に非(あら)ず。適(たまさか)には此正躰(このしやうたい)見届(みとゞけ)たと思(おも)ふ人(ひと)あり。

是(これ)も亦(また)化物(ばけもの)なり。見届(みとゞけ)たと思(おも)ふ目(め)が光(ひか)る。誠(まこと)に

此(この)化物(ばけもの)の正躰(しやうたい)見(み)貫(ぬか)んと思(おも)はゞ。先(まづ)自身(じゝん)を見(み)貫(ぬく)

べし。此(この)自身(じゝん)また見易(みやす)からず。慰(なぐさみ)半分(はんぶん)の學(がく)問(もん)。

鼻歌(はなうた)交りの修行(しゅぎやう)にては。中(なか)く正躰處(しやうたいどころ)でなし。

足跡(あしあと)も見(み)るべからず。晝夜間斷(ちうやかんだん)なく心(こゝろ)を盡(つく)し。月(つき)

を重(かさ)ね年(とし)をかさねば豁然(くわつぜん)として貫通(くわんつう)するに

至らん歟(か)。孟子曰(まうしいはく)。尽(その)其(こゝろを)心者(つくするものは)知(その)其(せいを)性也(しる)。知(ち)其(そのせいを)性則(しるときはすなはち)知天矣(てんをしる)

跋(ばつ)

至(いた)れる哉(かな)賣卜先生(ばいぼくせんせい)の言(こと)近(ちか)ふして

最(もっとも)卑俗(ひぞく)の風諭(ふうゆ)に長(ちょう)ぜり是(これ)所謂(いはゆる)

其(その)善(ぜん)旨(むね)遠(とを)きものか翁卜(おきなぼく)を鬻(ひさぐ)は

其(その)行(こう)いやしけれども人(ひと)を以(もっ)って

言(ことば)を廃(すて)ざるは先哲(せんてつ)のいましめ

釋(せき)氏(し)も依(ゑ)法(ほう)不衣(ふゑ)人(にん)とかや説(と)けり

われ其人(そのひと)を知(し)らずといへどもつらく

思(おも)ふに卜(ぼく)翁(をう)の學(がく)精一(せいいつ)の杵(きょ)臼(きう)を

經(ふ)るもんにあらずばいかで此(この)糠(ぬか)を

掃(はき)集(あつむ)る事(こと)を得(ゑ)ん世(よ)のひと此(この)俵(たはら)を

ひらきて。小袋(こぶくろ)に入(い)れ持去(もちさっ)て朝夕(あさゆふ)

身心(しんじん)の垢(あか)を洗(あら)ひきよめかしとたのまぬ

世話(せわ)をさし出(で)の神(かみ)の御託宣(ごたくせん)守(まも)るべし守(まも)るべし

　　　　　　　　　　　堵(と)庵(あん)

　その次は、誰じゃ。（第二十二話）

（弟の世話に困り抜いて、どうしたらよいものかと先生を訪ねる）

「はい、厄介者の弟に、ほとく手をやいておりますが、どのようにすればよろしいか、教えて頂きたいのです」

「なるほど、実は私も弟と別家して七年余りになる。これまでたびたび世話をしてやったが、怠け者で世渡りも難しく、ごく最近もまた不詰りのようじゃ。その上、私の意見をいっこうに聞かん。兄を兄とも思わんような不心得者でな。『兄の意見が素直に聞かれなければ義絶するまでじゃ』と言いかけると、『これ兄貴。君臣、夫婦、盟友の間には義絶もあろう。血の繋がる、血を分けた親子兄弟に義絶なんんかできる

もんか』と言って、くってかかる始末じゃった。

　そこで、こんな話がある。昔、次のように言う学者がおった。『お前さんは、指が汚いといって、その指を切って捨てるか。まず、お前さんの弟を自分の弟と心底に思うから、兄を兄と思わんなどと、やせ肘を張りたがる。

　弟とは何じゃ。弟も親の不憫に思し召す子ではないか。親

から見れば後から生まれたか、先に生まれたか、後の違いはあるけれど、可愛い子に違いはない。自分も親の子。弟も同じ親の子じゃないか。親のように気を付けて、親の心で世話をすれば、世話も苦にはなるまい』

さて、その世話にも仕様がある。横町の何兵衛が三百目の金につまり首吊りで死んだと聞いたとすりゃどうだ。こんな話を聞くと残念がって、『わずか三百目ぐらいのことなら、自分に言うてくれりゃ、死なせはしなかっただろうに』と言うだろう。その通りじゃ。そう思うものじゃ。誰しもそう言うだろう。

　ところがピチピチ生きている時に『三百目の金がないので、今夜中に首を吊って死にます』と血の涙で、恥をこらえて言ってみろ。どうする。『三百目の金に困っているなら貸してやろう』と言って誰が貸すだろう。貸すどころか意見をしたり、馬鹿なやつだと笑うだろう。世間はみんなそんなもんじゃよ。

　お前さんも、弟の世話を十分気を付けてやるがいい。ほとく手をやいていると言われるが世話をするのがケチくさいように思われるがどうじゃ。お前さんも、ちとばかりケチじゃないか。これく、そう言われて腹を立てるようじゃあかんわい。

　世の中というものは人の世話をするか、人の世話になるか、

二つに一つのものじゃ。お前さんの方が不如意なら、弟のほうから世話をする。世話をされる方より、世話をする方がましじゃ。おなじことなら、世話をする方になるがいい。

　年末のことじゃ、ある家の主人，ながの病に困窮し、朝夕の煙も絶えがちじゃった。これを見かねて気心のある人が、米銭を少々贈ってあげた。ところが受けた病家の人たちの喜びは、例えようもなく親子四人の命を繋ぐ天の賜物と、ありがた涙にむせんだという。施す人も、天の賜物のお陰で安楽に暮らしているのじゃ。その賜物の余りをもって、困っている人に施している。

　わずか、十日か二十日の命を繋ぐ米銭をもらってもこの通り涙を流してありがたがっておる。こんなに喜ぶ人に比べて、百倍、千倍喜んでもいい人が、なかく喜んではおらぬ。どうじゃな。弟にも、まだまだ尽くし方が足りんわい。

　その次は、誰じゃ。（第二十三話）

（化け物とは何かと、友人と口論したがわけが分からない、とうとう先生を訪ねる）

「はい、化け物がいるかいないかと友人と争うております。どちらが正しいでしょうか」

「聖人は、怪力乱神を語らずじゃ。

った茄子(なすび)が、蝦蟇(がま)に化けて人に取り付いたという話もある。

るばかり。小政の父方にあたる伯父が見舞いにやって来て、『こんなに大事にしてもらってありがたいことじゃないか、治し難しは天命か。もし、何か望みでもあれば申してみよ』というと、小政は『手厚い介抱に何の不足や不満ございましょうか。ただ一つ、不思議なことがございます。どうもこの迷いが解けません。奥様が死なれた夜、裏に出てみると、庭に物欲しげに立っておられ、私を招かれました、私は身の毛立ち、ふるいついたのが病の本でした。次の夜も裏に出ると、前の晩のように私を招かれます。渡した夢ともうつつもなく、ただ、幻となり奥様の姿が映るのです。その恐ろしさ、どうして、何の恨みがあってこのようなことになるのでしょうか』　『その幽霊は何かおっしゃてましたが』『何もいわれません。ただ、私を招かれるだけでした』『衣服は、どんなものを着ておられましたか』『病中と同じ寝巻きのままでした。まがきに菊の小袖でした』伯父はしばらく考え込んでいたが『もう一度、今夜裏庭へ行ってみなさい。もし、前にように出て招かれたら、おそばへ行って、何の恨みでこのように悩ませられるかきくがいい。お返事が無かったら私を呼べ。いっしょに行ってみよう。』

もなく山茶花(さざんか)の木であった。髪に見えたのは、後ろの柳。招くと見えたのは柳の枝であった。小袖の模様はその枯れ葉であった。迷いが晴れると心も晴れる。あれほど心配された病気も全快して今は元気になったそうじゃ。

さて、化け物もそんなもんじゃ。考えてみりゃ、人間様だって化け物仲間みたいなもんじゃ。君子に化けている小人もあれば、衣(ころも)着ている鬼だっている。長者に化けている素寒貧(すかんぴん)さえいるこの世の中じゃ。

　化け物の正体を見極めることが肝心じゃ。　　　　　　　　　　　　　

　　手島堵庵　跋（略）

　飯島修三　あとがき 

二〇〇七年夏より「賣卜先生糠俵」の読み下し文、父の現代語訳文のコンピューターへの打ち込み作業を始めた。仕事の合間のぬっての作業だったので、かなりの時間を要した。

問題なのは校正作業だが、何度見直しても落ちこぼれがでてしまう。お気づきの方は「いいづか眼科」にお知らせいただければ幸いである。

　私は同年より「西宮古文書を読む講座」の会長となった。「賣卜先生糠俵」が古文書を親しむ端緒になればとホームページに公開した。また同時に心学道話の面白さを味わって頂きたい。

　挿絵はすべて父が描いたものである。亡き父を偲びつつ稿を終える。

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