21世紀、「ローカルな知」の宝庫は大阪に在り


(社)心学明誠舎理事  中尾敦子 

懐徳堂記念会たより巻頭エッセイ71号(2005・4発刊)より転載 
 庶民の学びの場を語る特集を取り上げた季刊誌「大阪春秋」が発刊された。懐徳堂や適塾という著名な歴史遺産だけではなく、広範な地域で、多様な人々に育まれたいくつもの私塾についての読み物に、大阪の文化の底深さを読みとることが出来る特集である。生涯教育という言説が我が国に入り込んできたのは、1965年のユネスコ成人教育国際委員会でのラングランの提唱を受けたと言われる。それ以後、幾度かにわたり文部省中央教育審議会の答申は「生涯教育について」「生涯教育の基盤整備について」など、「生涯教育」という言説が社会化され、生涯学習振興法が1990年に制定されるまでに至った。巷間で「生涯教育」が「生涯学習」と読み替えられ、新しくおとなの教育やまなびを語るものとして、脚光を浴びて久しい。しかし、大阪という市民が中心で活動してきた社会では、ローカルな知の世界が脈々と流れ、庶民の生活の中に祖先から引き継がれてきた。そこに、多様な「おとなの学び」の世界が存在してきたことをこの書物は再認識させてくれる。

 教育の分野に特化して「生涯学習」を語るとき、『急激な社会変化を支えるため、また阻止するため、それを越えていく社会秩序や社会を作るため、おとなは学習し続ける』また『社会的な背景を認識する力をつけることが生涯学習であり、それが現代的な言説で「エンパワーメント」と表現される』。グローバリゼーションの進展の中で、あまねく分野で、ローカルをグローバルに繋いでいくことが近代的諸相ともされてきた。しかし、私たちが伝統の世界、伝統の文化をひもとけば、生涯学習の視点からローカルな知を新たな視点で読み解き、見直す事が出来るのではないだろうか。これまでに普遍化されたものや公共的とされてきたものに異議申し立てをし、自己主張していく事も出来るのではないだろうか。オルタナティブな生き方が表面化してきた今日、自分を生きること、自分を生かすためには「おとなの学び」と大きく連動して行かざるを得ないのである。そこであらゆる分野で生涯学習が要請され、生涯学習万能時代とされ、学習を支えるファシリテーターや学習を提供していく学習支援者の役目が大きくクローズアップされている。

 大阪という風土には、多くの学習の場が受け継がれ、現在も存在し、それを支える多様な人がいる。時代の要請を受け、変化しながら学習当事者に寄り添うローカルな知の宝庫は未だ大阪には健在で、庶民の生活を支えている。幾分自己宣伝的でもあるが、創設220年になる(社)心学明誠舎にも「ローカルな知」がめんめんと引き継がれ存在する。やむを得ない事情で、その遺産を守る役目を引き受けて20年、それは筆者の生涯学習の場であり、社会貢献の懐を育む場所でもある。

 心学明誠舎や懐徳堂は、大阪府立文化情報センターの「公開講座フェスタ」を共催してきた。いくつもの大学がフェスタに競って参入し,賑わい、成果を生んできた。それらの大学には、エクステンションが誕生し、カリキュラム化された公教育が模倣され、グローバル化した「知」が取り込まれ、生涯教育が形骸化しつつある。生涯学習の視点から「おとなの学習」とは、学ぶ主体は学習者であり、それぞれが個有の知を持ち、知はアウトプットしあい、暮らしに反映されること再認識したい。大阪が守り続けたローカルな知の宝庫に期待し、次代に引き継ぐことが伝統の私塾の今日的な使命ではないだろうかと考える。

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