居酒屋のトイレや土産物屋などで『親父(おやじ)の小言』なるものをよく見掛ける。
代表的なものに、「火は粗末にするな」「神仏をよく拝ませ」「年寄りをいたわれ」「ばくちは決して打つな」「家内は笑ふて暮らせ」など、当たり前と言えば当たり前の言葉が並ぶ。
近年、頑固親父が減り、小言を聞く機会も減っているので、ある意味スカッとしたたんかに接する思いがする。一方で、内容をよく読むと「小言」ではなく、「天の声」とも思えてくる。
この言葉の出典は、福島県浪江町、大聖寺の青野暁仙和尚が折に触れ語っていた言葉が評判を呼び、昭和30年代半ばに町内の商店が売り出したものが広まり、一部現代に通用するような言葉の手直しの上、さまざまなところで引用されるようになった。その経緯を子息の暁知住職が『親父の小言』(TBSブリタニカ)に著している。同書には45の小言が載っており、それぞれの小言の意味を、仏教用語解説も含め、父の人柄と結びつけて語られている。
暁仙和尚は石田梅岩、石門心学の影響を強く受けている。「父は本が好きな人で、今もたくさんの蔵書が残っている。その中に石田梅岩に関するものも多い。“家業は精を出せ”“たんと儲けてつかえ”など、小言には父が共感することの多かった石田梅岩の考え方や表現の方法が随所に表れているように感じる」と著者は述べている。
中には、世の中一般の常識とは真逆の言葉も載っている。例えば「人には馬鹿にされてよい」がある。「人には笑われないように、馬鹿にされないように、という生活の規律の大切さを認めながらも、一方で、それが行き過ぎてしまったときの窮屈さ、つまらなさを父はわかっていたのかも知れない」と慈父の心に寄り添った上で、「人の悪口を必要以上に気にせず、信じるわが道を行きなさい、そのために馬鹿になりなさいと言っているのだと思う」と、日頃の言動より厳父でもあっただろう、暁仙和尚の心ばせを伝えている。
近年、往来物研究家の小泉吉永氏が『親父の小言』の江戸版を発見したとの報があったが、『親父の小言』を世の中に広めた源は間違いなく、福島県大聖寺の暁仙和尚である。同寺は東北大震災の原発事故の影響で福島市に移転している。
同寺も含め浪江町の方々にとって、一刻も早く元通りの生活ができることを願ってやまない。「小言」には「難渋な人にほどこせ」「人の苦労を助けてやれ」との言葉も掲げられている。
『親父の小言』を目にする機会があれば、これを伝えてくれた方への感謝と、今もなお、災害の苦難を背負われている人々に、思いをはせ続けたいものである。
(しみず・まさひろ、奈良県生駒郡)
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